いっせーの,ライフオーガナイズ生活

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子宮腺筋症のこと(その13)~術後、退院までの7日間

おはようございます。
ライフオーガナイザー®、メンタルオーガナイザ®ーのいっせーです。


前回(その12)
からの続きです。 (その1)はこちら。

(自分の考えの整理と記録のために、子宮腺筋症と子宮摘出手術に関連する記事を書いています。興味のない方は、スルーしてくださいね。

今回の記事は、手術の翌日から退院までの記録です(前回以上に長文です。)。

手術翌日を1日目として、順調なら7日目に退院する予定でした。
知り合いの方で、「術後4日間くらいで退院できた」という人もいましたが、それはそれ。人それぞれ。
主治医の意見に従って、術後は無理せずに、病棟での7日間をしっかり使って帰宅後の生活に備えることに決めました。
入院時に、「入院診療計画書」のほか、退院までの治療や日中の過ごし方を1日ごとに分かりやすくまとめたシートを渡されます。
このシートを都度眺めながら、入院生活を過ごしました。


【術後1日目】
担当看護師さんのスキルの高さのおかげで、体も気持ちも後押しされた1日。
朝は、「下腹部から太ももにかけてとにかく痛い。こんなんで体起こせるんだろうか。」と、さすがの私も憔悴していました。
前日から顔を洗えていないし、喉の辺りがスッキリしなくて、咳払いしたいけれどおなかが痛くてできないしで、しょんぼりしていました。

入院したときから同室だった方は、この日の朝に退院していきました。
カーテン越しに、明るい声で励ましてくださいながら。
あのような人に、私はなれるかな、なりたいな、とぼんやり思いながら、カーテン越しにお礼を言いました。

担当看護師さんは、朝からこまめに病室に来て、この日の目標「立って歩けるようになる」までをサポートしてくれました。

朝早めの時間から、スタート。

まずは、飲食禁止が解除されて、水を飲んでみます。・・・なんとかクリア。
朝食は流動食でした。それほど空腹ではないのですが、半分くらいは摂ることができました。

看護師さんは、ほかほかのタオルをたっぷり持ってきて、電動ベッドを少し起こし、顔を自分で拭かせてくれました。
突然「美人の素はどこですか?」と言われ、??となりましたが、基礎化粧品があるならつけましょうか、という意味でした。床頭台の棚にあることを伝えると、手渡してくれました。
(オールインワンタイプのものを持ってきていて、よかった・・・)

次は、体を拭いてみることに。
体を起こす動機づけになります。
看護師さんに支えてもらい、ベッドに腰掛けることができました。
タオルを受け取り、自分で手の届く範囲は自分で。
届かないところは看護師さんがサポートしてくれます。

続いて、着替えをしてみます。
立ち上がる動機づけになります。
病衣の上衣を先に替えます。点滴がつながっているので、手伝ってもらいました。
ズボンを替える時に、恐る恐る立ち上がってみたら、立てました。
もう、そのときの痛みは忘れてしまっていますが、かなり痛かったと思います。
看護師さんに励ましてもらって、ひとつひとつクリアしていきました。

ここまでで、午前中終了です。
この後、トイレ付きの個室に移動させてもらえました。

午後は、病室についているトイレに行ってみることに。
歩くきっかけになりますし、これができれば尿道に入っている管を外してもらえます。
立つとおなかの傷が引きつれる感じがするので、おなかを手のひらで支えるようにして押さえながら立ち上がり、ゆっくり歩きました。
まだ点滴が続いていますので、もう一方の手はキャスター付きの点滴棒に掴まるようにして歩いてみました。
トイレまで行くことができたので、ついに管が外れてすっきりです。
そして、血栓予防のために手術前から履いていた弾性ストッキングも外してもらえました。

しばらくしてから、トイレで用を足すこともできて、一安心でした。
ただ、力を入れなくても、用を足すときにおなかのきずの真ん中辺りが内側に引きずり込まれるような感覚と痛みがあり、この感じは少しずつ和らぎながらも術後1か月近く続きました。

続いて、病棟内の廊下を、手すり伝いに歩く練習です。
片手はやはり傷を押さえるようにして、もう片方の手は手すりに。
まずはデイルームまで、次は本のコーナーまで、と看護師さんに付き添ってもらいながら、ゆっくり歩くことができました。

この日も、術後の感染防止のための抗生剤の点滴、痛み止めの点滴は続いていました。それでも傷周辺から太ももにかけての痛みは常に強いので、背中のカテーテルから時々痛み止めを入れ、ロキソニンなども服用しながら過ごしました。
看護師さんが、こまめに声を掛けてくれて、じわじわと元気が出てくるようでした。


【術後2日目】
この日の回診までに、背中のカテーテルから入れていた痛み止めのボトルが空になりましたので、カテーテルを抜いてもらい、少し身軽になりました。
カテーテルがなくなると、腰の右側が重いようなだるいような痛いような、という感覚もかなり薄らぎました。

熱は下がったと思ったら上がったりという状態でした。
お腹の右側が特に痛くて、右脚の付け根までじんじんと響く感じがします。
背中から入れる痛み止めがなくなったらどうなるかな、と思いつつ、抗生剤の点滴、鎮痛剤の点滴、鎮痛剤2種類の服薬が続きました。
この日の後半から、ようやく、鎮痛剤が効いてきた、痛みが収まる気配が出てきた、という感じがしてきました。

「1時になったら、デイルームまでお茶を取りに行くついでに病棟を一回りしよう」
「3時になったら、本を探しに本棚のコーナーまで行ってこよう」
と、次の行動を決めておくことを意識しながら過ごしてみました。
もともと、ぼんやり、のんびりするのは得意なので、退屈で退屈で・・・という「しんどさ」を、あまり感じずに済んだのかもしれません。

夕方、オットが保育園の帰りに、こども達を連れてお見舞いに来てくれました。
久しぶりに会うこども達は、少しあどけなく感じました。
息子は明るく、あっさりとした様子に見えましたが、娘は帰り際に大泣きしたまま、病室を出て行きました。
・・・思わずもらい泣きしてしまいました。
泣きたいときは泣いていいんだよ、と伝えて見送りました。

【術後3日目】
食事は、前日までに五分がゆ→全がゆと進んで、この日には普通のご飯になりました。
思わず「おいしいー」と声に出してしまうくらい、おいしく感じました。

午前中に点滴の針を外してもらえました。
点滴が終わったので、シャワーも使えて、スッキリしました。

いつかなと気になっていたガスも開通し、おなかの張りが少し楽になりました。

お腹周辺の痛みは、鎮痛剤を飲むと、ほとんど気にならないくらいまでになっていました。
術後48時間はしんどいけれど、それを過ぎれば・・・と聞いていたとおりだなあ、としみじみしていたら、 主治医が病室に寄ってくださいました。
「どうですか?」と尋ねられたので、私が現状を説明しようとすると、
その前に私の状況を全てすらすらと言い当てて、「・・・という感じでしょうかね?」と確認されました。
まさに、おっしゃるとおりですと答えたら、きっと予定どおりに退院できますね、と励まされました。

水分を摂ることと歩くことを意識して過ごしました。
病棟の本棚にあった、よしながふみの漫画「昨日何食べた?」を久しぶりに読んで、家に戻ったら料理がしたい!とやる気がむくむく。

この日は土曜日だったので、オットとこども達が病室に寄ってくれました。
退院予定の日がこども達の誕生日なので、ケーキを買ってお祝いしようと、宅配のサイトをみんなで見て、誕生日のケーキを決めました。
ますます、予定どおり退院しないと!


【術後4日目】
この日の日中以降は鎮痛剤の服用なしで過ごせるようになりました。

おなかを手で押さえるようにしないと心もとないのは相変わらずながら、歩くときにつまずくのでは?という不安は感じなくなってきました。
自分の病棟のある4階から1階まで階段を下りて、売店まで行き、また階段で4階まで上ってみました。
自分にとってはちょっとした冒険でしたが、手術前よりも息苦しくないような気がしました。
気のせいかもしれないけれど、貧血の解消は、今回の手術の大きな目的なので、少しずつ治ってほしいです。

この日には、術後初めてのお通じがあり、おなかが張っていて心配だったのでほっとした。
  
昼前、両親が病室に。高校野球の話や、子供たちの様子、父の亡き兄たちの話。
これまで何度も聞いてきたけれど、淡々と傾聴しました。

夕方に主治医が病室に寄ってくださって、「退院予定の日の前日に血液検査をし、結果に問題がなければ、その日に退院前診察をします」と話がありました。
階段の上り下りをしたことを話すと、ほめてもらえて、ちょっとうれしかったです。

面会時間の終わりの方で、オット1人で面会に来てくれました。
少しの時間でも、二人で話すことって、意外と少ないので貴重でした。
  
この日は、テニスのウィンブルドン開幕。
錦織選手の初戦を、病室で後半部分だけ見られて満足でした。

 
【術後5日目】
朝は4時半くらいに目が覚めました。

病室に、母が来てくれました。
「ちびちゃんたちはかわいいけれど、生活のペースが全く違うので、正直疲れることもある。
でも、こんなときに助けに来られなくては、何が親かと思って来ているんだよ。」
と話していました。
・・・そのことばを、素直に受け取ろうと思いました。

術後翌日の担当だった看護師さんが病室に寄ってくれました。
間違ってナースコールのボタンを押してしまったときに来てくれたのですが、ついでに様子を尋ねてくれました。
「自宅に戻ってからの生活を色々思い浮かべて、どんな風に過ごしたらよいか考えてみてくださいね。退院前の診察で、医師に術後の生活について質問したいことを考えておくといいですよ。」
とのアドバイスがありました。
・・・さすがです。
考える時間はたっぷりありますので、そうしてみようと思いました。

久しぶりにプロ野球中継を見てみました。
残念ながらファイターズは負け。
でも、気迫のこもった白村投手のピッチングを見られて、よかったです。
いいもの見せてもらったなー。勇気付けられました。


【術後6日目】
起床とともに採血がありました。

昼前に両親が病室に。
札幌移住の話はひとまず振り出しに戻った、と父が言っていましたが、「直前に言っていたことと真逆のことを突然決断する」という事態に毎回驚くことが多いので、これも淡々と傾聴しました。

この日、退院前診察に呼ばれたのは、夕食直前くらいでした。
もう呼ばれないかと思ったけどよかった・・・
外側(おなかの傷、縦に20センチくらい)と内側(産道の断端)、どちらの傷も順調に回復していると太鼓判を押していただけました。
診察までに質問したいことを考えてはいましたが、主治医からの一通りの説明でほぼ解決しました。
貧血の数値は、手術前よりも上向きになっていること。
炎症の数値も落ち着いており、感染症の心配がほぼないこと。
腹筋が手術前と同じくらいに回復するまでには約1年かかること。
無理はしないこと。とはいえ、どんどん動くこと。
極端におなかに力を入れたりしなければ、心配はないこと。
術後数か月は、傷を保護する「エフシート」というシリコーンのシートを使用するのがおすすめ。
そして、術後約一か月くらいの日に、経過をみるための診察を予約してもらいました。
でも、それまでの間に出血や発熱、傷の化膿などがあればすぐに受診するよう、指示がありました。

主治医曰く
「同じような子宮腺筋症の方は、ほとんどの方が、痛みに強いし、我慢もしてしまうようです。長年、強い強い月経痛に耐えてきたからなのかもしれませんね。でも、痛かったら無理せず処方した鎮痛薬を飲んでください。手術の前の説明をしたときに、だんなさんにも理解してもらえるようにかなり強調して説明しましたが、これまで月経のたびにしんどくて大変だったと思います。よくがんばりましたね。今後は、調子がよくなっていくといいですね。」
とのこと。

こんなに毎回「よくがんばりましたね」と折にふれて言ってもらうと、励まされるなー、と思いました。

いよいよ、翌日は退院です。
退院日は、予想外のいろいろがあったのですけれど、それはそれとして。
子宮全摘術までのリュープリン治療及び手術についての記録は、これにて一区切りです。
退院後にあった出来事、考えたこと、片を付けたことについては、また別の記事にしたいと思います。

by green_kerorians | 2017-09-24 07:00 | からだのメンテナンス | Comments(0)