いっせーの,ライフオーガナイズ生活

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やっぱり、一緒がいい。

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久しぶりに、夢を見ました。
3年前まで我が家で一緒に暮らしていた、ネルを抱っこしている夢。
ふわふわ、あったかーい。
でも、ネルはそれほど抱っこが好きではないのでちょっと不機嫌。という夢でした。
ネルはメインクーンの雌で、今年で7歳になりました。

シルバーウィークにオットの地元に帰省して、
1年ぶりにネルに会ってきました。
5泊6日、ネルの気配のする家で過ごして、ちび達も、ネルに釘付けでした。
だから、夢見たんだなー。きっと。

やっぱり、みんなで一緒がいい。
オットと、ちび達と、ネルと、一緒に暮らそう。
そのために、もっともっと、どんどん準備しよう。
今日で、ちょっと、吹っ切れました。
足踏みしていましたが、自分の望んでいることが、わかりました。

ネルが戻ってきても、私の両親と、縁が切れるわけではない。
たとえ、両親が、がっかりしたとしても、
ネルと両親の二者択一をしたわけではではないのだと、私の考えがぶれなければいい。
両親とは、今までと少し違う付き合い方を、しようと思います。
いつか、分かってくれる日が来るかもしれないし、来ないかもしれないけれど。
「両親のせいで、ネルと暮らせないのだ」と逃げ道を作るのはやめよう。

具体的に、作戦を練ろう。実現までの過程を、楽しもう。

(以下はとっても長くて、自分のこころを片付けるために書くので、
 興味のある方だけ、お付き合いください。)






3年前、出産後1か月ほど経った頃、色々考えた末に
ネルを関西にあるオットの実家で預かってもらうことにしました。

オットが飛行機でネルを連れて実家に戻り、預けてきました。
ネルの入ったキャリーを持ってオットが空港に向かう電車を、
泣きながら見送りました。

最初は、3か月くらいで連れて戻るつもりでしたが、
あっという間に3年経ちました。
オットのお姉さんが、ネルを大事に大事にして暮らしてくれています。

あの時、あの状況では仕方なかった、と思うようにしてみても、
まだ気持ちがざわざわします。

妊娠4か月で切迫流産のため急きょ入院し、そのまま出産まで帰宅できなかった5ヶ月あまり。
やっとおなかの中に来てくれた双子たちが、1日でも長くおなかの中にいてくれますように、
1グラムでもより大きくなりますようにと祈りながら過ごしました。
仕事は投げ出したかたちになってしまったし、絶対安静で病室から出られなかったけれど
無事に出産できたら、オットとネルと双子たちと一緒に楽しく暮らそう!と
できるだけ楽しいことを考えて、思いつめないことを心がけて長期入院に適応しました。

でも。
かなりの汚部屋だった我が家を、出産に向けて片付け始めた矢先の入院。
当時の我が家は、双子を迎え入れられる状況ではありませんでした。
私の入院中、オットは毎日往復150キロの自動車通勤をこなし、
帰宅すると毎日欠かさず病室に顔を出してくれ、
最低限の家事をこなし、ネルの世話をし、翌朝6時台に家を出る生活。
片づけどころではなかったと思います。
ネルは、オットと仲良く暮らして、彼の気持ちを支えてくれていました。
私は、おなかの子どもの無事を祈ることに専念して、
自宅の片づけのことを考えることをやめてしまっていました。

主治医の懸念は現実とはならず、なんとか無事に出産。
一人が小さめで生まれたため、こども達は約1か月間NICUに入院しました。
この間に、あわてて、こども達を自宅に迎え入れる準備をしたのです。

300キロ離れた実家から、私の両親が手伝いに来てくれました。
3か月は泊り込んで手伝うと覚悟を決めて。
数年前から、父は我が家が汚部屋であることに心を痛め、憤慨し、
ことあるごとに私たち夫婦を批判するので、折り合いが良くありませんでした。
入院中に心配して駆けつけてくれましたが、
私たち夫婦が気持ちに余裕が無く、つい父に言ってしまった
「急に来られると困ります」という言葉に深く傷つけられた、絶対に許せない、
と、今でもことあるごとに父に詰られます。

「とにかくモノを減らさないと、掃除もままならず、こども達が危険にさらされる、
猫が一緒では、病気になってしまうに違いない、
自分達も、こんな汚い家でお産扱いをするのは耐えられない、
特に猫が一緒だと、においも、抜け毛も、あらゆる面で生理的に受け入れられない
でも、5か月間も入院していて体力の落ちきった母親では、
自分達の助けなしには双子を育てられるわけがない
こども達のためにも、猫をどうにかしてくれないか」
・・・もう、正確な記憶かどうかもわかりませんが、
毎日、何度も父に強い口調で諭された、と思います。
オットは繰り返し人格非難めいた言葉を投げつけられましたし、
父と私は大声でけんかもしました。

片づけは、時間との戦いで、自宅のちょっとしたリフォームも行うことにして、
両親は驚異的な手際の良さで助けてくれました。
時間が無さ過ぎて、私はモノの分別に疲れ果ててしまい、
形式的には自分で決めているものの、両親の価値観に合わせる形で、
「もういらないよね?」と言われるがままに捨てたものもあり、さらに疲れました。
一方で、モノの絶対量が減ると、モノからの圧迫感が弱まり、
自分の気持ちが少し軽くなっていることにも気付きました。

その間、ネルは一つの部屋に閉じ込めざるをえず、元気がありませんでした。
退院さえすればネルも一緒に暮らせると思っていた私は、毎日のように泣きました。
産後だったから、気持ちが不安定だったところもあるかもしれません。

「もう、このまま毎日父に責められるのは耐えられないから、
両親が手伝いに来てくれている3か月の期間だけでも、
ネルを実家に預かってもらえないかな・・・」
オットに私は泣きながら頼みました。
そして、ネルは飛行機に載せられ、今に至ります。

過去は変えられません。
父は
「猫を飼うのは構わないが、飼い方がひどすぎたから、こんなことになった。」
「猫を預かってもらうことを決めたのは、おまえたちだったのだから
 自分達のせいでネルと離れ離れになったと思われるのは心外だ。
 おまえたちがあんな汚部屋で猫まで飼って双子を育てるのは絶対に無理だった。」
「親がこどもの心配をするのは当たり前だ。おまえのためを思って言っているのに・・・」
と言います。
これまでの結果は、ほぼ一致しているので、何の反論もできません。

また、
「正直なところ、猫を飼っている家で食事をすることや、
 浴室・洗面所を使うことを生理的に受け入れられない。
 猫が戻ってくるなら、もうおまえたちの家に泊めてもらうことは無いと思ってほしい。
 それでもいいなら、連れ戻したらいい」
とも言います。

私の両親は、こども達にとっては一人ずつしかいない祖父母なので、
こう言われてしまうと、両親とネルを天秤にかけさせられているようで、
胸が詰まり、両親が賛成してくれるまではネルを連れ戻せない、と思っていました。

父が私を詰るような口調や文体(手紙でのお叱りも何度もあるのです)で諭すのは、
私のことがかわいくて、心配しているからだ、と、本人は繰り返します。
もっと、自宅を片づけて育児と仕事の両立のしやすい仕組みを作れ、と強く助言してくれます。
ライフオーガナイズのテキストを読んでいるかのような内容も多く含まれているので
私が素直に聞き入れてすぐに行動していれば、折り合いが悪くもならないと思います。

私には、今のところ、どうしても父の意見をそのまま聞き入れることができません。
コントロールされているように感じてしまうと、頑固に拒否してしまいます。
心配してくれていることには感謝しているけれど、
私のペースで、したいようにさせてください、と父に言ってはいるものの、
実際には望む形には程遠い自宅のオーガナイズ。
なんだか、同じようなことが、自分とこども達の間にも起こってはいないだろうか。

今日、ネルの夢を見て、
やっぱり、みんな一緒がいい、と改めて思いました。

「みんなで、一緒に、にこにこで、気楽に、こぎれいに暮らす。」
そのことを実現するために、もっと具体的にイメージして、
毎日の自分ができることを小さくてもしっかりやって、
願っていることを叶えようと思います。
父に言われたからではなくて、自分が望む暮らしを手に入れるためなんだ、
ということを忘れずにいようと思います。
それを手に入れたときに、父も少し安心するかもしれません。
相変わらず小言ばかり言うかもしれませんが、それは父がそうしたいのだから仕方ありません。

ちょうど、注文していた手帳が届いたばかり。
手帳を使って作戦を練って、足踏みをやめて、半歩からでも進みます。

by green_kerorians | 2015-10-04 06:00 | ネルのこと | Comments(0)